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旅行記

アジア旅行 2001-2002
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00.旅のはじめに

1.きっかけ <〜2001年3月30日:大阪>

3月19日、もうあと10日ほどで僕は日本を出国し、長い旅に出るのだ。 この日は旅の資金を稼ぐために、約1年間働いてきたアルバイト先での最後の勤務日である。

大学を出てから約2年間、僕は大阪の設計事務所で働いていた。無我夢中に、馬車馬のように働いていた。 休日出勤も徹夜仕事もしょっちゅうだった。仕事の内容に不満があったわけではないが、あまりに余裕のない生活、 追い立てられるような精神状態が続き、いつの間にか自分の中にストレスがたまりに溜まっていたようである。 結局僕は会社を辞め、そして旅に、長い旅に出ることにした。

もともと大学では集落研究という分野に興味を持ち、大学の論文のテーマにも、フィリピンの山岳民族の集落を研究の対象に選び、 実際に2ヶ月ほど現地に滞在し、調査活動を行った。大学の頃から何度か、短期ではあったが、海外旅行にも出かけていた僕は、 いつか世界中の集落を訪れてみたいものだと思っていた。だから会社を辞めたときに旅に出ようという考えは、ごく自然に頭に浮かんできた。

アルバイトは旅の資金を稼ぐためだけの、ちょっとした寄り道のつもりが、思いがけずに深入りして1年ほども勤めることになってしまった。 そうなったのも現場で働く仲間達との出会いがあったからだろう。みな一癖も二癖もあるような人達ばかりだったが、 いい人達と出会たと思う。1日12時間以上の労働で、昼勤・夜勤のシフト勤務という、決して楽な仕事ではなかったが、充実した、 実に楽しい1年だった。それだけにアルバイトとはいえ、その仲間達と別れるのは寂しいことだった。 アルバイトを辞めると、ようやく旅に出るのだという実感がわいてきた。

3月29日、夕方、母の帰りを待って病院へ向かった。つい先日無事出産を終えた妹と赤ちゃんに会うためである。自分の姪だけあって、 他の赤ちゃんよりもずっと可愛く見えるから不思議なものである。おもちゃみたいに小さな手をなでると思ったよりも強い力で握り返してきた。 旅立ちにあたって少しパワーをもらったような気がした。今度この子に会えるのは1年以上も先なのだ。その頃にはもう歩いているのだろうか。

家族との別れ、仲間との別れ、愛用していた車との別れ、生まれたばかりの姪との別れ、そして日本との別れ。しばしの間と分かっていても、 旅も1年になると多くの大切なものと訣別しなくてはならないということを思い知った。

この1年、僕はいったいどんな旅をするのだろうか。何を見、何を考え、何を思うのであろうか。本当に1年も旅を続けることが出来るのか、 あるいは身一つの旅である、不本意にも途中で旅を終わらざるを得ないような出来事にあうこともあるかも知れない。今思うのは、 旅が終わるまで、健康で最後まで好奇心を失わなければよいなということだけである。

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