ホーム>旅行記>01.中国前編(アジア旅行2001-2002)
旅の準備を始めた当初、僕は出来る限りガイドブックを持たずに、自由に旅しようなどと考えていた。 しかし準備を進めていくうちに、ガイドブックも何もなしでは宿などの情報はともかくとして、 訪れる国々の歴史や文化など、またそれぞれの町の成り立ちなどを知ることは難しいのではないかと思うようになった。 このようなことは何も知らなくても旅することは十分可能だと思うが、知らないまま多くの物事を見逃して、 通り過ぎてしまうのはあまりにも寂しいことかも知れない。そう思った僕は、必要と思うガイドブックは持っていくことにした。 かなり小型のバックパックに、ガイドブック、カメラ、スケッチブックなど詰め込んでいくと、小型とはいえ、 かなり重たい荷物になってしまった。
3月30日、すでにぱんぱんに膨れ上がったバックパックを背に、大阪国際フェリーターミナルへ向かった。 旅立ちにあたって母と親戚のおばさんが見送りに来てくれた。出港は正午。 蘇州号に乗って中国の上海に渡ることになる。 出港の時、日本との別れを惜しむように3度汽笛が鳴った。しばらくするともう一度、腹にひびくほどの汽笛が3度、 まるでこれからの旅立ちを祝福してくれているかのように聞こえた。
揚子江(長江)の河口付近の風景
4月1日朝、目が覚めたらそこはもう中国だった。7時のアナウンスで、もう船が揚子江(長江)に入ったことを知らされた。 船室の窓からは朝陽が差し込んでいる。外を見ると泥の混じった茶色の河面が広がっていた。まだ上海到着まで3〜4時間あるというのに、 両岸には途切れることなく港が続いていた。大小さまざまな数百艘の船や潜水艦の姿まで見られる。港の向こうには高架道路やマンション、 その他雑多なビルが建ち並んでいる。朝11時頃、いよいよ上海の中心部が見えてきた。 川を隔てて古い租界時代の町並みと近代的な都市のスカイスクレーパーが向き合っていた。 古さと新しさが同居する街、この川からの風景がそれを象徴しているように見えた。
アジア最大のテレビ塔(東方明珠塔)
上海では有名な浦江飯店のドミトリー(55元:825円)に泊まった。浦江飯店は租界時代の古い建物で、雰囲気のある宿である。 年代物のエレベーターの中にはおじさんがいて、手動でエレベーターを動かしている。「三楼(三階)」と声をかけると、 ガチャガチャとレバーを操って三階に連れていってくれる。
船で一緒だった日本人6人が、みな同じ宿のしかも同じ部屋に泊まることになった。聞いてみると皆が皆、これから1年近くの旅に出るという。 それぞれ最終目的地は違うが、上海をスタートに西へ西へと向かう若者達である。旅を続けていたらこのような旅人達に出会うこともあるだろう と思ってはいたが、まさかしょっぱなから、このような形で出会うとは思ってもいなかった。
翌朝、仲良くなった2人組のチャリダー初心者と一緒に朝食を食べに街へ出た。2人は学生で、 1年間大学を休学してこの旅に出てきたのだという。自転車での旅はおろか、キャンプ生活すらも初めての彼らは、 これから列車で西安に向かい、西安をスタートに西進し、クンジュラブ峠を越えてパキスタンに抜け、 そこからさらにイラン、トルコ、ギリシャを走り、最後はイタリアのローマに至るというルートを計画している。 つまりシルクロードを自転車で走破しようという壮大なスケールの旅である。なぜかサングラスにカウボーイハットというスタイルを 決め込んでいる彼は「早く自分をギリギリの極限状態に追い込んでみたい」と心境を語ってくれた。
なるべく安そうな庶民食堂を見つけ、そこで炒面(焼きそば)と小龍包を頼んだが、出てきたのは焼きそばではなく 拉面(ラーメン)だった。ラーメン3人分と小龍包で値段はなんと50元(750円)!あり得ない値段だった。 食べた後に値段を聞くというミスを犯してしまった僕たちは「しまったー!!早速勉強させられてしまった!!」 とくやしがった。旅はまだ始まったばかり、お互いこれから気を付けようと誓い合って、それぞれ町歩きに出かけていった。
人であふれる上海の街並み
上海はエネルギッシュな街であった。いたるところ人であふれている。新しいものと古いもの、やる気満々とやる気なし、 などのギャップの大きさを強く感じた。色々な要素が混然となり、ぶつかり合っているところに、この街の活気の源があるのだろう。 歩いていて面白かったのは庶民的な生活の垣間見える市場や路地であった。狭い通りを歩いていると、 時々所狭しと店の建ち並ぶ商店街に行きあたる。雑貨や衣類、食料品など、あらゆるものが路上で商われている。
庶民的な商店街の風景
地下鉄の切符売り場でも新旧のものがないまぜになった、面白い光景を見ることができる。地下鉄はかなり新しく整備されており、 自動券売機も設置されている。しかし中国人民はこの自動機は利用せず、あえてたった一つしかない窓口で切符を買おうとするのである。 小さな窓口から大の大人が2、3人、手を突っ込んで口々に行き先を叫んでいる。つまり「新しい」機械に「古い」 人民が対応できていないという訳である。噂に聞いていた中国での切符売り場の様子を早くも見ることができた僕は、 うれしくなって自動機ではなく窓口で切符を買うことにした。
ナイトクルーズのチケット
上海での最後の夜、チャリダーの一人と黄浦江のナイトクルーズに出かけた。25元(375円)と少し値は張ったが、 船の上から見る上海の夜景は一見の価値があった。この日の晩、奇遇にも上海を旅の出発点に選んだ旅人達で、 これからの旅の安全を祈って乾杯をした。