ホーム>旅行記>01.中国前編(アジア旅行2001-2002)
「陽朔はいいよ、陽朔行きなよ。陽朔から川を上れば桂林から川下りするよりも安くすむよ。」 そう香港のラッキーハウスのおやじが僕に助言してくれた。
香港の後、どこに行こうか迷っていた僕は、とりあえず何のあてもなく、漠然と柳州へ行ってみようかと考えていた。 何となくその地名にひかれるものがあったからだ。しかしおやじによると、その柳州には何もないという。 有名な桂林の川下りはツアー料金が高くて手が出ないと思い、素通りするつもりだったので、この逆ルートを行けば安くすむという 情報はかなり魅力的だった。どうせ同じ風景を見るなら、下っても、上っても同じである。独り者のパッカーである僕に、 豪華な食事付きのツアーは必要ない。むしろ安い船に乗って風景だけを楽しむ、シンプルな船旅の方がふさわしいのかも知れない。 そんなことを考えていると、無性にこの陽朔という町に行ってみたくなった。
大阪の看護婦さんと別れた後、駅へ向かう前に残りわずかの香港ドルを中国元に両替する。 ほんのわずかであっても僕にとっては貴重なお金だ。無駄に出来るほどの余裕はない。
シンセンから広州へのバスのチケット
香港に入境したときと同じ道を逆にたどって、今度は中国に入境する。ラッキーハウスで手配したもらった 中国の6ヶ月マルチビザ(有効期間6ヶ月で何度も出入境できるビザ)は、おやじによると商業用のビザであるという。 2回目の中国入りだが、今回は何だかインチキをしているようで、変な後ろめたさがある。ビザに関して何か質問されるのではないだろうか、 などと妙に緊張してしまったが、特に問題なく、すんなりイミグレーションを通過することが出来た。
広州から桂林へのバスチケット
再び戻ってきたシンセンで、桂林方面への長距離バスを探すが見つからず、一旦広州に出て、 そこから桂林行きの夜行バスで陽朔を目指した。
陽朔は桂林の南約100kmのところに位置し、川下りで有名な漓江のほとりにたたずむ小さな町だ。桂林から出発する「漓江下り」 の到着地点でもある。バスでたどり着いたばかりの時は、右も左もわからず、勝手を知らない初めての町は、 ただいたずらに広く感じるものである。こういう場合、僕はまずその町の地図を買うことにしている。地図で自分の現在地が確認できた途端に、 目の前の通りが、そしてその町が急に身近に引き寄せられてきたような安心感をおぼえる。
地図によると陽朔の中心部は、漓江のすぐ西岸にあり、周囲をこの地方独特の奇峰に取り囲まれているのがよくわかる。 なるほど、この風景は地図にするとこうなるのか。地図にはその町の個性がよく表れるので、見ていて飽きないのだ。
漓江下りの終点だけあって、かなり観光地化されているが、のんびりした感じのおだやかな町である。 今までにないほど西洋人旅行者をターゲットにした宿や食堂、土産物屋が目立ち、驚いたことに英語を話すことの出来る中国人が、 これまで訪れた町と比べると、考えられないくらい多かった。わずかに「ワン・ツー・スリー」の英語も解さない人民が圧倒的多数を 占める中国において、これは特筆すべきことだった。
古い町並みと奇峰
適当にいくつか宿をあたり、「グッド ハーベスト ホテル」というところに泊まることにする。この宿の人も日本語、 英語を少しだがしゃべることができる人だった。川を上って桂林まで行くというプランを話すと、早速アレンジしてくれた。 しかし流れに逆らって川を上ると船足が遅くなり、桂林まで行くのはかなり時間がかかるという。だから実際に川を上るのは、 ちょうど中間地点にある楊堤というところまでで、そこからはバスに乗りかえて桂林に向かうことになる。半分の行程といっても、 見所の多くはこの陽朔寄りの半分に集中しているので悪くない話だ。明日のチケットをお願いして、町歩きに出かけた。 それでも大都会だけあって、インターネットは快速で、これまでのどこのネットカフェよりも速かった。
洗い場で洗濯をする人々
ぶらぶら歩いてみると、この陽朔という町が、ラッキーハウスのおやじが言うように、なかなかいい感じの、面白い町であることがわかる。 町中を水路が流れ、その水路沿いには洗い場があったり、小広場があったりと、町並みの構成にバリエーションがあって面白い。 洗い場では多くの人が洗濯をしたり、野菜を洗ったりしていた。古い町並みのすぐ向こうに唐突に生えている奇峰がまた、 この町の風景に独特の表情を与えている。町の規模のわりに市場が大きく、見ているだけで楽しいものだった。
西街と呼ばれる古い家並みが残るストリートは、きれいに整備され、雰囲気のあるツーリストエリアとなっている。 宿はこのエリアに集中しており、インターネットカフェもちらほらと見かけられた。中でも目を引いたのは「日本語OK」と書かれた看板だった。 10元/小時(150円/時)と、これまでの倍以上の値段だが、日本語フォントが使えるという魅力には逆らえなかった。
ガイドのおばさん
インターネットを終え、再び町をぶらついていると、元気なツアーの客引きのおばさんに呼び止められた。よくある手だが、 以前に利用した客の残したコメントを見せて、こちらの気を引こうとする。ノートを読む限り悪い人ではなさそうだ。 何よりもその純朴そうなおばさんの顔つきを信じることにして、100元(1500円)のツアー料金を50元(750円) までまけてもらってツアーに行くことにした。
ツアーは自転車に乗って、陽朔周辺の見所を見てまわるというもの。ガイドは先ほどのおばさんで、客は僕一人である。 あいにくの天気だったが、自転車で郊外に出たのは正解だった。ほんの少し町から離れただけで、あたりには一面の田園風景が広がり、 その中にポコポコと奇峰が地面から飛び出しているという、何とも不思議な光景に出会える。
奇峰と田園風景
遠くの山は淡くかすんで見えるため、その風景はどこか水墨画の世界を思わせる。民家は土を突き固めてつくられたらしき ブロックを積み上げたつくりのものが多いようだ。土色の壁に黒い瓦屋根の民家が陽朔の田園風景によく馴染んでいる。 田んぼでは人の手で稲を植えている姿をちらほら見かける。機械はまだ入っていないらしく、田を耕すのに水牛を使っているが、 中国の田舎ではよく見かける光景である。おばさんによるとこのあたりは1年に2回米がとれる2期作を行っているそうである。 水が豊かなのだろう。ガイドだけあって、このおばさんも英語を話すことが出来るが、すべて独学であるという。耳で聞いておぼえるので、 読み書きは出来ないそうだ。たいしたものだと思う。
月亮山(ムーンヒル)のチケット
自転車でしばらく走ると、一つ目のハイライトである洞窟に到着するが、何と入場料が60元(900円)もするという。 おばさんのガイド料よりも高いじゃないか。60元も払うほど洞窟に興味があるわけではないので、ここには入らないことにして、 次のハイライトである月亮山(Moon Hill)に向かうことにした。月亮山は入山料10元(150円)、 許せない額ではなかったので登ってみることにした。「Moon Hill」の名前の由来は山腹にぽっかりと、まるで満月のようにあいた大穴である。 何で山にこんな巨大な穴があいてしまうのか、普通ではあり得ないようなことも、この不思議な風景の中にいるとあり得ることのように 思えてしまう。
山にぽっかりあいた大穴
穴から見た向こう側の風景
山に登り、穴から見た向こう側の風景をスケッチした。山のふもとから、ずっとコーラ売りのおばさんがついてきたが、 市価の4〜5倍ほどの値段で売ってくるので、とても買う気にはなれなかった。そんなに高くて本当に売れているのだろうかと、 余計な心配までしてしまう。
次の日の朝、宿の兄ちゃんと一緒に、今日の川上りをアレンジしてくれるという、彼のお姉さんの宿に向かう。 しかし話を聞いてみると、昨日と少し話が違う。昨日は桂林までの中間地点である楊堤まで、船で行き、そこからバスで桂林まで、 それで100元(1500元)という話だった。しかし今、お姉さんから聞いた話では、陽朔と楊堤の中間にある興坪までバスで行って、 その興坪から船に乗るという。確かに地図を見てみると、陽朔から興坪まではほとんど見所がないようだが、何ともすっきりしない話である。 文句の一つも言ってみるが、ここではこのルートが一般的なようであり、仕方なく承諾することにした。
興坪まで、がたがたの田舎道にゆられながら、美しい車窓の風景に見とれていると、別に漓江に船を浮かべて見なくても、 十分この風景を楽しむことは出来るんじゃないかと思えた。興坪に着くと、そこに興坪から楊堤までの船を手配してくれる人が待っていた。 着いたら名刺をもとに自分で船を探さなければならないと思っていたのだが、段取りはちゃんとされていたようだ。 彼女に連れられてレストランの前でしばらく待っていると、他にも西洋人の姿がちらほら見られるので、 それなりに利用されているルートではあるようだ。しかしずいぶんと軽装の人が多いので、一日ツアー客なのだろう。
漓江の風景
船は予想通りの小さなぼろ船であった。船に乗り込み、出発してみるとよくわかったが、やはり流れに逆らう川上りは、 川の流れが意外に速く、船のスピードはかなりゆっくりしたものになる。確かに陽朔から桂林までこの船で上ったら、 ものすごい時間がかかるだろうことは十分予想がついた。川を上る船がほとんどないのに比べて、桂林から下ってくる豪華なツアー船は、 ほとんど切れ目なく、どんどんやってくる。ガラス張りの船内では、みなテーブルで食事中である。 船尾には必死に料理するコックの姿が見られた。
漓江は確かに美しかったが、やはり僕にはこのようなただ風光明媚なところよりは、生活臭い町や村、 集落を訪れた時の方が感動が大きいようである。漓江の風景を眺めながら、うつらうつらと居眠りをしてしまっている自分に気がついた。
浪石の民家
浪石の路地
2時間ほど経ったところで船が接岸し、みんな降りていく。しかし接岸したのは東岸で、僕の行く楊堤は西岸である。 船の人に聞いてみると、どうやらここは楊堤のちょっと手前の浪石というところであるらしい。 楊堤はすぐそこなので歩いて行けと言ってるらしい。仕方なく皆について岸に上がることにする。上がったところは小さな村で、 どうやらこの村を訪れるのもツアーの一部に含まれているようだ。みんなカメラを片手に村の中を散策している。
この時まで、僕は船の乗客全員が楊堤まで行くものだと思いこんでいた。しかし、誰も楊堤の方に向かおうとはせず、 ただ村の中をぶらぶらと歩くのみである。集合時間が近づいてきたのか、みなが船に戻りはじめたとき、ようやく状況が理解できた。 つまり、僕以外の乗客は興坪と、この浪石を往復するツアー客だったのだ。楊堤に向かうのは僕一人、 その僕をここに置き去りにしようとしているのだ。あせった僕はみなと一緒に船に戻り、船頭と交渉した。 「興坪−楊堤」と明記されたチケットを見せ、僕は楊堤に行きたいのだと主張した。船頭はかなり渋ったが、 仕方ないといった感じで船を楊堤に向かって走らせはじめた。やはり言ってみるもんである。
こんな砂利浜に降ろされた
しかし今度船が止まったのは、何もない砂利浜であった。ここで降りろと言われ、男についていくと、 あそこが楊堤だと指さす先に確かにそれらしきものが見える。しかし、止まったのはまたしても東岸であり、 男が指さす先は川の対岸である。一体どうやって渡ればいいというのか、そのまま立ち去ろうとする男に食い下がり、 何とかせめて対岸まででも渡してもらおうと思ったが、もうそれ以上はいくら言っても聞く耳を持ってはくれなかった。 男は向こうに行けば渡しがあるという。そんなものがあるようには見えなかったが、なかばやけくそ気味で男に別れを告げ、 一人とぼとぼと楊堤を目指した。
しばらく砂利浜を歩いてみるが、こんな所を歩いているのは僕一人だけだ。まわりを見回しても誰もいやしない。 「本当に向こう岸に渡れるのか?」とそこいらにいた水牛に向かって聞いてみるが、もちろん答えは返ってこない。
対岸まで渡してくれたいかだ
さらに少し歩いていると、小さないかだに乗った男が下流から近づいてきた。そのいかだをじっと眺めていると、 「どこに行きたいんだ?」と聞いてきた。「楊堤だ」と答えると、乗れというような仕草をした。どうやら向こう側に渡してくれるらしい。 その小さないかだを見て、本当に乗れるのかどうか、かなり不安があったが、一応値段を聞いてみると5元(75円)という答えが返ってきた。 値切ってはみたが、この場合どうしても僕のほうが立場が弱いので、結局言い値でOKし、対岸まで渡してもらうことにした。この機会を逃すと、 次にいつ渡してくれる船が通りかかるかわからないからだ。結局船が来ないまま、ここで野宿・・・なんてことになったらと思うとぞっとする。
おそるおそるいかだに乗り込み、体勢を整える。見た目通りの安定感のなさだ。背筋に寒いものが走るが、 かの有名な「漓江下り」に来て、こんな体験が出来るのも珍しいことだろうと、心の中ではひそかにわくわくしていた。 このいかだのおかげで、何とか無事対岸に渡り、楊堤にたどり着くことが出来た。思わぬトラブルに見舞われたが、 そのトラブルが転じて、このようなちょっとわくわくする体験を引き寄せることもあるのだと思った。 これもまた旅の醍醐味の一つなのかも知れない。