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02.東南アジア前編

5.バンコク <2001年6月27日〜7月5日:バンコク>

<バンコク>

早朝5時半ごろ、チョンメからのバスはバンコクの北バスターミナル(ニューモーチット)に到着。さすがにバンコクのバスターミナルはでかい。街にしろ建物にしろ、でかくなればなるほどその仕組みは複雑で分かりにくくなる。しかも国際的な観光都市であるにもかかわらず、英語の案内表記などはあまりなく、どこに行けば何があるのかよく分からない。市内までの一番安い交通手段はバスなので、出来ればバスでカオサン周辺まで行きたい。タクシーなどの客引きは多いが、それは断ってまずはバス路線の入った市内地図を探すことにする。

コンビニなど数軒あたってみるが、どこも地図は置いてなかった。しかもタイのように発音の複雑な国では英語の発音も厳密に分けているようで、MAPの発音がどうしても聞き取ってもらえない。何回も繰り返して「マップ、マップ!」と言っていると店員は首をひねりながら何故かウィンナーなどのつまみのコーナーに僕を連れて行ってくれた。発音がつまみのどれかに似ていたのだろうか。ジェスチャーつきで「マップ」というとようやく理解できたようで、「ああ、MAPか!」というその「A」の発音が微妙に私の発音と違っていたことが分かった。たかがMAPでこれだけ苦労するのだから、タイでは発音の面で少し苦労しそうだ。

バスのチケットバスのチケット

地図探しひとつで苦労したが、雑誌などを扱っている商店で地図を見つけ購入。地図はまあまあきれいなものであったが、これまた見にくい路線図であった。市バス乗り場を見つけるのにも苦労したが、人に聞いてようやく発見することができた。この北バスターミナルからカオサン周辺まで行くのには3番のバスがあるようだ。バス乗り場には3番のバスがたくさん並んでいたが、出来れば一番安いという赤バスに乗ってみたいと思い、先発のオレンジバスを何台か見送ったが、いつまでたっても赤バスの来る気配がないので仕方なくオレンジバスに乗り込むことにした。バンコクには一度来たことがあったが、これが初めてに等しいので、バスひとつ乗るのにもドキドキものである。幸いバスの車掌のおっちゃんが親切で、カオサン最寄のバス停を教えてくれたので、問題なくカオサンに降り立つことができた。

早朝のカオサンは人通りも少なく、店もまだ開いていないので、「ん?これがカオサン?」と思ってしまうほど、普通の通りと同じように見えてしまうが、しかしやはりよく見るとレストランやゲストハウスの看板が多くて、やはりカオサンだと納得する。

旅の途中でわずかながら得た情報からチャイディーゲストハウスにチェックインすることにした。

バンコクは旅行者にとっては、旅の起点、旅の中継点であり、また旅の終点でもある。多くの旅行者が国籍を問わずこのバンコクに集まってくる。バンコクの中でも旅行者に有名なスポットのひとつであるカオサンは、便利で居心地がよく、移動を繰り返してきた旅人も、ここでは少しのんびりと過ごし、旅の疲れを癒したりしている。中国の雲南省や東南アジアをまわって来た後に、このバンコクに立ち寄ると、旅の途中で出会った多くの旅人とここで再会することになる。私にしてもそれは例外ではなく、カオサンを少しぶらぶらするだけで、昆明で知り合ったワーホリ帰りのお姉さんや、ルアンパバーンのコーヒーやさんで知り合った人たちともばったりと出会い、カオサンでは世間は狭いなと思った。

バンコクではいろいろと済ませたい用事があった。まずは日本大使館に送ってもらっているはずの荷物の受取に向かう。また、地図とにらめっこして、カオサンから大使館へ向かうにはどうやら11番のバスがよさそうだということが分かった。11番のバスはプラトゥーナム市場やイセタン、スクンビット通りなどを通ってくれるので、なかなか便利な路線のようだ。日本大使館では日本人スタッフが丁寧に対応してくれて、無事荷物を受け取ることができた。荷物を受け取ることが出来たのはとてもうれしいことだが、これでまた荷物が増えてしまった。今のリュックは、もうほぼ限界容量に近づいているので、どうやらカオサンで新しいバッグを買うことになりそうだ。出来れば今のバックで最後まで行きたかったのだが、容量35リットルというのは少々無理があったようだ。中には買い物袋程度のビニール袋ひとつで旅をしている旅人もいるらしいが、私の場合、旅の先々で、気に入った本などがあればすぐに買ってしまったりしているので、他の旅人よりも荷物は多いほうなのかもしれない。

途中の町並みを見てみたかったので、大使館からは歩いてカオサンまで戻ることにした。イセタンにも寄ってみたが、イセタンの中には紀伊国屋書店が入っていて、日本の書籍がずらりとならんでいた。しかし値段はどうやら日本で買うよりも高く、とても手の出る値段ではなかった。ジャンプやマガジンなどの雑誌まで置いているのにはさすがに驚いた。まるで日本と変わらないような都会のバンコクがあるかと思えば、線路敷きにまで屋台を出してしまうようなバンコクもある。そんなギャップを、このバンコクもまたかかえているんだなと思った。

バンコクは旅の中継点であることから、他国へのフライトチケットやビザなどを取り扱う旅行会社が軒を連ねている。格安航空券が手に入ることでは、有名な都市である。私もタイの後はカンボジアに向かう予定にしている。数軒の旅行会社をまわり、一番安いところでカンボジアのビザを申し込んだ。ベトナムビザはカンボジアでとった方が安いようなので、バンコクではとらないことにした。

宿に戻りシャワーを浴びて、夕食を食べ、再び外出すると、宿を出てすぐのところで大阪人のYさんを発見。Yさんとはラオスのルアンナムターで出会い、同じ大阪人として気があったので、かなり仲良くなった人だった。Yさんが座り込んでいたのは、路上の物売りのところで、すぐ近くに店を出しているおかまの人がやっているコーヒー屋台でいつも夜ふかしをしているという。今日は自分もここで夜のひとときを過ごすことにした。何故か突然始まった打ち上げ花火も見ることが出来、カオサン初夜は楽しく過ごすことができた。

***

日本から背負ってきたリュックでは、増えてしまった荷物をどうすることも出来ず、ここバンコクで新しいバックパックを購入することにした。カオサンにはお土産屋さんと軒を並べて、カバン屋も多くあるので、買い物にもとても便利だ。いくつかのカバン屋を見てまわり、どうにもやる気のなさそうな店員の店で、まったく無印のシンプルなバックパックを見つけたので、交渉のすえ、700バーツ(約1900円)で購入することにした。カオサンで売られているバックパックにはたいていノースフェイスやなんらかのブランド名が付けられているが(もちろんニセモノ)、このバッグにはまったく何も付いていないのがよかった。もともと何も付いていないのか、単に付け忘れただけなのか、なんだかこの店のやる気のなさを象徴するようなバックパックだっが、無印というのが気に入った。つくりは少々ちゃちなものだったが、まあ大丈夫だろうと思い、宿に戻って荷物をパッキングしてみた。思っていたよりかは容量は小さかったが、それでもまだ余裕は結構あったので、ちょうどよい大きさだ。

ちょうど遊びに来ていたYさんと冗談まじりで「いきなりバキッとかいって壊れたら笑うな」といいながら、
荷物を詰め終わったバックパックを試しに背負ってみると、本当に「めりっ」とニブイ音がして、バックパックが私の右肩からすべり落ちた。「ん???なんだ今の音は?」と思ってバックパックを見てみるとバックパックの右肩の部分がものの見事にはずれていた。Yさんは大爆笑。しかしこっちはそれどころではない。せっかく買ったバックパックが一度も背負うこともなく壊れてしまったのだ。

しばしの間あっけにとられて放心状態になり、何もする気がおこらない。しかし、しばらくボーっとしているとムラムラと腹が立ってきたので、すぐに詰め込んだ荷物を全部とりだし、カバンを買った店に向かった。店で事情を説明し、カバンの交換を申しでる。

店の人もカバンの交換には応じてくれたが、一度あのちゃちさを見てしまうと、他のバックパックもとてもちゃちなものに見えてしまう。少しでもよさそうなものを選ぶと、やはりそのまま交換してくれるわけはなく、追加料金を支払わなくてはならない。バックパックの選択と交渉は難航し、最後には店の店員も少しヒステリックになってしまった。
「私はいいものを安く提供したいと思っているのに、それをNo Goodといわれて、私にこれ以上何が出来るっていうの?」
「それは分かる。分かるが、じゃあどうしてたった1日でバックが壊れるんだ?やっぱりNo Goodじゃないか」
「知らないわよ!」
といった感じのやり取りが続き、結局200Bプラスでそれなりに質が良さそうで、より大きなバックを購入することが出来た。

早速宿に戻ってバックパックに荷物を詰め込んでみると、さっきのバックよりも一回り大きいぐらいかなと思っていたバックパックが、西洋人が持ちそうなかなり巨大なバックであることが分かった。店のほかのでかいバックに囲まれていると、ちょうどいい大きさに見えたんだけど。まあ、しかし大は小をかねるということで納得することにした。試しに背負ってみると、さすがにこれは大丈夫なようだ。

バックパックを巡る騒動も一段落し、今日は土曜日なので、ウィークエンドマーケットに行ってみることにする。カオサンからは44番のバス1本で行くことができる。バスがウィークエンドマーケットに近づいた時に、早まってすこし手前でバスを降りてしまった。しかし、その降りたところからすでに露店が開かれていて、仏像を扱った店が多く出ていた。軽く露店を見ながら市場へ向かう。

マーケットの入り口は狭いが、中は巨大だった。マーケット内の通路は整然と通されているが、並べられた品々に目を奪われている間に、道に迷ってしまいそうだ。マーケットで扱われているのは日用雑貨からみやげ物、動物など様々で、エリアごとに扱う商品の種類が分けられているようだ。
マーケットに入る前に仏像の露店を数多く見てきたせいか、マーケットに入っても仏像のネックレスがやけに気になって仕方がない。どうやら衝動買いモードに入ってしまったらしい。仕方ないので、今日の目標は気に入った仏像を探すことに決定である。いつもさらっと通り過ぎるのであまり気にしてなかったが、いざ興味を持ってよく見てみると実に様々な仏像があることが分かる。予備知識というものをまったく持ち合わせてないので、とにかく自分の気に入ったものを探すことにする。一体何を見ているのか分からないが、ルーペ越しに仏像を眺める人々の目は真剣そのものである。おそらく、仏像も骨董の一種なのだろう。値段を聞いても、まったく同じ種類に見える仏像でも、一方は10Bで、もう一方は500Bであったり、この小さな仏像ひとつとっても奥は深そうである。

仏像のネックレス 購入した仏像のネックレス

マーケットの中の仏像コーナーはちょっと高級なものが多そうで、ちょっと買いづらい雰囲気がある。昼過ぎからはマーケットの外の露店をあたってみることにする。露天ではケースの外にあって、実際に手にとって見ることの出来るものが多いので選びやすい。仏像の材質も様々で、木製や石製、金属製のものもある。出来れば型に流し込んで作られるであろう金属製のものより、実際に彫られたと思われる木製、石製の仏像がいいように思う。意外に長い露店街を一体何度往復したことだろうか。さんざん迷いながら、ようやくひとつの仏像を選ぶことができた。名前を聞くと「パローン」というらしい。一体何が「パローン」なのか良く分からなかったが、まあいいや。50Bの初値が一発で30B(約83円)に下がり、もう少し下がるかもしれなかったが、仏様をあまり値切るのもどうかと思い、それで買うことにした。

もともとケースに入れて売られているものも多いが、仏像だけを購入して、後で別にケースと首ひもをつけてもらうことが出来るとわかり、仏像のみを選んだ。自分でえらんだ選んだ仏像ケースに入れてもらうほうが、ずっと愛着がわくような気がしたからだ。これから長い旅の途中、何度か祈ることもあるだろう。この仏様が私のお守りになってくれれば、などと都合のいいことを考えていた。

***

バンコクにはもうひとつ、私の気をそそる場所がある。正式名称は知らないが、「コンピュータ館」と教えてもらったその建物には、パソコン関連商品を取り扱う店が多数入っていて、特に魅力的なのが、パソコンソフトや音楽などをコピーした海賊版CDだ。ソフトなどは数十万円分ぐらいの値段のものが、1枚のCD−ROMにおさめられていて、それが1枚わずか100B(約280円)という安さで買うことができる。音楽CDも中国にはかなわないが、3枚で250B(約700円)という安さである。

コンピュータ館はプラトゥーナム市場の近くにあり、カオサンからは、2番、6番などのバスで行くことができる。バスを降り、コンピュータ館に入るが、まだ半分ぐらいの店が閉まったままだ。それほど朝早いというわけでもないのに、やはりバンコクの朝は遅い。

うわさには聞いていたが、バンコクの海賊版パソコンソフトのすごさに圧倒されてしまった。品揃えもなかなかのものだった。コンピュータ館には食堂まであり、とても便利だ。ぶらぶらと見て歩くだけでも結構楽しめた。

***

ラオスでであった大阪人のYさんが、バンコクから日本に帰国するというので、最後のお土産の買い物に付き合った。Yさんの最後の買い物はドリアンだ。どうやらYさんの母親が話のネタにどうしてもドリアンを食べたいらしい。話のネタにドリアンを買ってこさせるというのが、いかにも大阪的だと思った。果物を持って帰って検疫でひっかからないかと思ったが、どうやらドリアンとパイナップルには虫がつかないらしく、日本に持ち帰ることが可能らしい。

いくつかの果物屋をまわり、ちょうどいい大きさのドリアンをさがす。ドリアンの熟れ具合は、棒でバシバシとたたく音で判断するらしく、みな手にグローブをはめてバシバシとドリアンをたたいている。ちょうど熟れているドリアンの皮をむき、中の果肉をトレイに入れて、ラップでぐるぐる巻きにしてもらう。何重にもラップでくるんでもらったので、今のところ無臭だ。

いつものことながら、仲良くなった人たちとの別れというものはさびしいものだ。仲良くなったタイ人の人たちと彼女を見送る。なんだかんだとバンコクには1週間以上滞在したが、そろそろ自分も動き出そう。Yさんが帰国した翌日、私はカンボジアへ向かうことにした。

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