ホーム>旅行記>02.東南アジア前編(アジア旅行2001-2002)
バンコクからタイとカンボジアの国境の町であるアランヤプラテートへの列車は早朝の出発である。早朝のバンコクは、バンコクとは思えないほど車が少なく、昼間なら1時間近くはかかりそうなところを、わずか数分で駅までたどりついた。
バンコクからアランヤプラテートまでは列車で約5時間、しかし運賃は48バーツ(約133円)である。トゥクトゥクで市内を移動するよりも安い値段設定になっている。電車の運賃が安いのは旅行者にはありがたいことである。車両は3等のみで座席は直角の木製椅子だ。今日はタイの休日であるためか、やけに乗客の数が多く、ゆったりというわけにはいかなかった。
今回タイではバンコクしか滞在していないため、タイを離れることにそれほどの感慨はない。それよりも今回初めて訪れるカンボジアやその先に待ち受けているベトナムへ思いは飛んでいた。
タイとカンボジアの国境
12時前に列車は無事アランヤプラテートに到着。駅に降りると同時にスナフキンのような雰囲気のお兄さんが、日本語で客引きをしてきた。特にぼってる様子もないので、日本人と相乗りして国境へ向かう。思っていた以上に日本人が乗っていたみたいで、国境近くの食堂で一旦降ろされた時には全部で6人くらいの日本人がいた。タイの国境からシェムリアップまで行くのに、一つの手順が出来上がっているようで、この食堂でシェムリアップまでの客を確保しておき、一人の添乗員が客と一緒に国境を越え、カンボジア側で待っているトラックに客を突っ込むという仕組みだ。シェムリアップまで行く旅行者にはとても都合よく事が進むように出来ている。
列車に乗ってきた人の多くが国境を越えるためか、イミグレーションはものすごい混雑ぶりであった。特にカンボジア側は長蛇の列に対して、のんびりしたおじさんが一人で作業しているのでなかなか列が進まない。結局かなりの時間を費やして、ようやく出入国の手続きが終わった。
国境からはとりあえず軽トラックでピックアップトラックのあるところまで連れて行かれる。ピックアップトラックには屋根がなく、荷台に自分達の荷物を敷き詰めて、その上に乗客が乗るということになる。出来れば自分の荷物の上に座りたかったが、先を越され、体のでかい西洋人が私の荷物の上に座ることになった。自分はといえば、やや定員オーバー気味に詰め込まれた荷台のちょうど角という最悪のポジショニングで出発ということになってしまった。屋根なし、手すりなしのトラックなど初めて乗るので、はじめはかなり怖かったが、道路の状態は意外によく、振り落とされる恐怖よりも、足のしびれとの戦いといった感じになってきた。
隣には日本人が座っていた。道中旅の話などしながら、どこまでも平坦に広がるカンボジアの国土を眺めていた。カンボジアはとにかく平たい国だと思った。これほどまでずっと平原の広がる風景というのはあまり見たことがないように思う。
国境での手続きに時間がかかったことや、必要以上に長い休憩のため、シェムリアップに付くのはどうやら夜になりそうだ。東に向かって走るピックアップの最後尾に後ろ向きに座っているので、沈みゆく太陽と夕焼けを思う存分楽しむことが出来た。
山で見る夕焼けとは違い、平野で見る夕焼けはとても奥行きがあるように感じられて、美しく、まるで絵のような風景だった。おまけに虹と、日が沈んでからは蛍の群れまで見ることができ、これから向かうアンコールの地への期待がいやがうえにも膨らんでくる。
トラックの荷台から見た夕焼け
シェムリアップに到着後、ピックアップトラックは街の中心から離れたところにあるゲストハウスに乗客を連れて行った。治安が悪いというカンボジアの不案内な夜を、宿を探してほっつき歩きたくはないので、とりあえずその宿に泊まることにする。仲良くなった日本人2人組と日本人のカップルを加えて、宿のレストランで夕食を食べる。ビールなど飲みながら、やはり旅の話でもりあがる。明日はこの仲良くなった日本人2人組と一緒にレンタサイクルでアンコールワットをまわることにした。
***
朝8時、ドアをたたく音で目を覚ます。昨日の2人組に朝8時に起こしてもらうことになっていたのだ。まだまだ眠い目をこすりながら、朝の挨拶をかわす。移動の前の夜、遅くまで夜更かしし、結局そのまま寝ずにバンコクを発ったのだった。まだまだ睡眠が足りない感じだったが、さっさと準備をし、外でまずは朝飯を食べることにする。
二人とも私と同じくらいの年齢に見えるが、まだそれぞれ20歳、21歳という若さだ。しかも一人はまだ大学生だという。もともと二人で旅に出たわけでなく、インドで知り合い、もうかれこれ20日ほど行動をともにしているらしい。よほど気が合うのだろう。21歳のA君は旅に出て一ヶ月。これから先の予定は決まっていないらしい。20歳のK君は旅に出て二ヶ月。もうすぐ日本に帰るらしい。
朝飯はちょっと高そうなレストランに入る。カンボジアは物価が高いのか、昨日からずっと、何をするにもタイよりもお金がかかっている。しかし、カンボジアの料理の味はなかなかいけるようだ。タイやラオスでよく食べていたような麺を頼むが、スープが絶品だった。
朝飯の後、レンタサイクルを探すべく、日本人宿の並ぶ通りに出てみる。シェムリアップにはタケオ、チェンラ、アプサラの3軒の有名な日本人宿が同じ通りに並んでいて、そのうちのタケオに行き、レンタサイクルを借りることにした。自分が2ドルで借りた自転車はペダルが少し曲がっていて、こぎにくいことこの上なかったが、K君の借りた1ドルのママチャリよりはまだましだった。
早速借りた自転車でアンコールワットへの道をこぎ出す。
舗装もされていない、なかなか雰囲気のある道だ。しかしかの有名なアンコールワットへ行くには少々細すぎる道を、時には道とは言えないような細い道を、こぎにくい自転車でひた走る。走りにくい道だったが、これがアンコールワットに通じる道だと思うとペダルをこぐ足にも力が入る。
走り始めて結構な時間が経ったとき、一人が「あっ、アンコールワットだ!」と叫んだ。見てみると確かにアンコールワットが、木々の上から頭を少しのぞかせていた。
もう少しだ。そのまましばらく走ると、その細い道はいきなりアスファルトで舗装された道に突き当たった。車の行き交う大通りを見て、3人共あぜんとし、今まで間違った道を走っていたことを思い知らされた。脇道を通ってきてしまったため、途中のチェックポイントを通り過ぎてしまい、チケットを持たないままアンコールワットまで来てしまった。そう、アンコールワットなどの遺跡群を見るにはチェックポイントでバカ高いチケットを購入しなくてはならないのだ。
結局そのままではアンコールワットに入ることが出来ず、大通りをシェムリアップ方面にあるチェックポイントに向かって引き返すことになってしまった。高速道路の料金所のようなチェックポイントで、写真入りのチケットをつくり、再度アンコールワットに向けて出発する。チケットは3日間で40ドルのものを購入した。
アンコールワットは、アンコール遺跡群の一部に過ぎない。アンコール遺跡群はクメール族の国家アンコール朝が残したアジア最大の仏教遺跡群であり、その遺跡群は広大なエリアに広がっている。アンコールワットやアンコールトムなど、シェムリアップから比較的近いところは自転車でも行けるが、それよりも遠い遺跡となると、バイクをレンタルするか、バイクタクシーをやとうことになる。
プノン・バケンの上から見た風景
アンコールワットに入る前に、まずはアンコールワットを上から眺めることのできるプノン・バケンという丘に登ろうということになった。
このプノン・バケンからアンコールワットを眺めたショットが「地雷を踏んだらサヨウナラ」の中で使われていたらしく、A君はこの映画を見てアンコールワットに来ようと思ったらしい。偶然、私もちょうどその時、その文庫本を読んでいるところだった。
丘の上には神殿のようなものがあり、さらにそのおそろしく急な階段を上り頂上に立つと、アンコールワットだけでなく、四周すべてを見渡すことができる。見渡す限り平坦な土地に、所々にこの丘と同じような丘が突き出ている。偶然なのか、必然なのか、アンコールワットのすぐそばにこの丘があるため、アンコールワットを上から眺めるという絶景を楽しむことができる。あまりに美しいその眺めに3人とも呆然と眺めいる。丘の上ではものすごい音をたててツバメが飛び交っていた。
アンコールワット正面
山を降り、いよいよアンコールワットに向かう。アンコールワットの周りは堀に囲まれていて、まるで皇居のようである。正面の入り口は西に向いている。プノン・バケンからはあまり大きく見えなかったアンコールワットだが、近くに寄れば寄るほど、意外なほどのその大きさに驚く。
アンコールワットは3重の回廊に囲まれた中に中央祠堂が建てられている。門の外からは、その中央祠堂はほとんど見えないようになっており、門の間からわずかに中央祠堂の高い塔が見えるのが、訪れる人の気を引くように出来ている。一つの建物を見るのにこれほどドキドキするのは久しぶりである。
アンコールワットを取り巻く回廊
それにしてもアンコールワットとは美しい建築物である。その大きさは想像以上で、一番外側を取り囲む回廊に施された美しい彫刻を見てまわるだけでも大変だ。その質と量ともに、まるで美術館を巡っているようであった。
中央祠堂は一番上まで登ることもでき、そこからはアンコールワット内部を上から見下ろすことが出来る。ただ、ここの階段もプノン・バケンの神殿と同じくおそろしく急なので、高所恐怖症の人には少々きついかもしれない。
天気は残念ながら雨だったが、雨にぬれるアンコールワットというのもなかなか趣があっていいものだった。中央祠堂の頂上から、雨にぬれて暗く沈んだ回廊の威容の向こうに、濃い緑の森がどこまでも広がっているのが見える。その姿からは、どこか忘れられたかつての王朝の気配が漂っているように感じられた。
雨に濡れるアンコールワット
一ノ瀬泰三のお墓?
アンコールワットの敷地内には、一ノ瀬泰三の墓があるという。いかにもそれらしいものを来る途中見かけたので、寺院を見た後に3人で行ってみた。遠くからみると大きな木の下に、十字架があるように見えたのが、近くによって見ると十字架ではなく、祠のようなものだった。何も書かれていなかったので、確信は出来ないが、これが一ノ瀬泰三の墓なのだろうか。
***
今泊まっている宿は、街の中心からずいぶん離れている上に、レンタサイクルが一日3ドルもするので、昨日の2人と一緒にタケオG.H.に移ることにした。移ると分かったとたんにレンタサイクルの値段が2ドルに下がったのには笑ったが、もう移る気でいたし、タケオのほうが何かと便利なので、宿をチェックアウトしてタケオに向かった。途中、食堂で麺を食べるが、これもやはりうまかった。なんとなくカンボジアの物価が分かってきたような気がする。街なかと観光スポットでは、約2倍以上の物価の差があるようだ。ローカルプライスはタイと大差ないと思われる。
タケオのシングル2ドル(ダブルの部屋を一人で使った場合の値段。ダブルだと3ドル。)の部屋に荷物を置き、今日も自転車を借りてアンコール遺跡群の見学に向かう。2人は今日はレンタルバイクだ。レンタルバイクは1日5ドルなので、2人で割れば2.5ドルになり、自転車とあまり変わらない。
今日の目的地はアンコールトムだ。その中でも特に有名なバイヨンを目指す。
アンコールトム入り口の橋
アンコールトムはアンコールワットのすぐ北西にあるので、それほど大変な距離ではない。しかし、その規模は半端でない。アンコールトムは一辺12kmもの城壁に囲まれた巨大な遺跡で、ちょうどその中心にバイヨンは位置している。
奇怪な像に囲まれた橋を渡り、南門からアンコールトムの内部へと入る。
アンコールトムの内部は、意外にもうっそうと草木の生い茂る森の中だった。水溜りもあり、どこか原始の森のような雰囲気を漂わせる森の中を一本の道がバイヨンに向かって伸びている。アンコールワットとはまた全然違った感じの、印象的なアプローチである。
バイヨン正面
はじめてその全景を目にしたバイヨンは、まるで「天空の城ラピュタ」にでも出てきそうな、とても奇想天外な建築物だった。人の背丈ほどもある観音菩薩の顔が100以上も塔の部分に彫刻されているのだ。アンコールワットとバイヨンはまったく違う印象を受ける受けるが、その構成はよく似ていて、中央に最も高い塔があり、その塔を中心にいくつかの回廊が設けられ、その回廊のコーナーにも塔が設けられる。バイヨンはその塔の部分に観音菩薩の顔が彫刻されているので、まったく違った印象になるのだ。
塔に彫りこまれた観音菩薩の顔
バイヨンを取り巻く回廊
バイヨンのメインエントランスは東側になっている。自転車をとめてバイヨン内部に入ってみる。外から見るのと、中に入って見るのとでは、また全然印象が違って、四方からほほえみ顔の菩薩様に眺められているようで異様な感じだった。回廊はアンコールワットと同じアーチ式で、多くは半分崩れ去っており、その壁面には彫刻が施されている。外に行くほど崩壊が激しいが、完成当時は一体どんな感じだったのだろうか。このバイヨン修復作業などに日本が関わっていると知り、うれしかった。
すっかりバイヨンが気に入ってしまった私はバイヨンをスケッチすることにする。しかし遺跡のスケッチというのは意外に難しく、これは時間がかかりそうだった。
昼飯時、バイヨン近くの食堂に向かうと、レンタルバイクで先に行った日本人の2人組がもう一人の日本人とテーブルを囲んでいたので、私もそこに参加させてもらう。何気なく挨拶していたが、その彼は、実は耳が聞こえないのだそうだ。口の動きだけで言葉を理解し、しゃべることは出来るようだ。そのため、こちらもはっきり正しく口を動かさないと、相手も理解するのは難しいようだ。もうすでにヨーロッパをまわってきたらしく、言葉も分からない異国の地で、耳の聞こえない不安はどれほどのものだろうか。たくましい旅人だと思った。
食事の後は3人と別れ、私は再びバイヨンのスケッチに没頭する。通りがかる人々が時にスケッチを覗き込んでいく。天気がよくなく、途中何度か雨で中断せざるを得ない。よく降るなと思いながら、バイヨンの回廊でぼーっと雨がやむのを待つ時間もまたよかった。やはり、遺跡に雨というのは、実はしっくりくる組み合わせなのかもしれない。
結局夕方までにはとても描き終らず、明日に持ち越しとなった。アンコールトム内にある王宮などをちらっと見てからシェムリアップに向けて帰途についたが、何を勘違いしたのか、アンコールワットから南に向かうべきところを、西に向かう道に入ってしまい、気が付くと夕日に向かって走っていた。気が付いてからすぐ引き返すが、調子よく結構な距離を走っていたので、シェムリアップに着いた頃にはもう暗くなっていた。
***
朝、8時に起き、今日も自転車でアンコール遺跡群を目指す。今日は久しぶりに快晴だ。
今日の目的地はバイヨンとタ・プロームだ。タ・プロームはバイヨンの東にあり、巨大なガジュマルにのみこまれた寺院として有名なところだ。まずはタ・プロームに行くことにする。すでに通いなれた道を、アンコールワット、バイヨンと進み、そこから東に折れてアンコールトムの東城門を目指す。しかしバイヨンから東城門へ向かう道は、あまりに人気がなさすぎて、まるで抜け道のような雰囲気だ。しかも東城門から先、タ・プロームまで続いているはずの道はまるでけもの道で、明らかにこれはメインの道路ではないと分かる。ここ東城門から北へ向かう道も伸びている。アンコールトムには西、北、南にはそれぞれ一つずつ門があるが、東側だけには門が2つある。一つは今いる東城門、もう一つは勝利の門という。この東城門の名前が「死者の門」ということから、おそらく東側の正門は勝利の門のほうなのだろう。
北へ向かい自転車を走らせていると程なくしてアスファルト舗装された道に出る。やはりこちらのほうがメインルートだったようだ。
タ・プロームは発見当初からそのままで保存するという措置がとられているらしく、寺院内部は崩壊がひどく、自由に歩き回るのもままならない状態だった。巨大ガジュマルが遺跡に絡みつく様子は圧倒的だったが、少々壊れすぎという印象を受ける。しかし、それでも瓦礫の積み重なった上に苔が青々とへばりついている様など、遺跡情緒あふれる遺跡であり、魅力的な遺跡であることに間違いはなかった。
ガジュマルが絡みつく寺院
タ・プロームを見た後は再びバイヨンに戻り、スケッチを再開する。幸い今日は晴天で絶好のスケッチ日和だ。ただちょっと暑すぎるのが難点だが。
遺跡にはまっすぐな線というものがなく、崩壊していて、微妙に原型をとどめていない部分が多いので、スケッチするのがとても難しい。スケッチに難航し、ぎりぎりの夕方5:30にようやく描き終えることが出来た。
宿に戻り、仲良くなった2人組と一緒に夕食を食べに出かける。明日にはシェムリアップを出るので、この2人とも今日が最後だ。タケオゲストハウスには部屋の前に談話スペースがあるので、そこで消灯時間ぎりぎりまで話をしていた。タケオにはこの2人の知り合いの日本人の女性もいた。その人が北京に留学しているとかで、かなりマニアックに中国各地をまわっており、中国の話題で大いに楽しむことが出来た。私のまわった土地もかなりマニアックだったらしく、紅河などは彼女も行ってみたかったらしかったが、治安が悪いから行かなかったという。知らないということは恐ろしいことだ。
消灯時間になり、それぞれ部屋に戻るが、また沸々と中国に行きたい気分が盛り上がってきて、なかなか眠ることが出来なかった。