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02.東南アジア前編

7.プノンペン <2001年7月10日〜7月12日:プノンペン>

<プノンペン>

朝6時前、ドアをたたく音で目を覚ます。昨日は6:30から7:00頃に出発だと聞いていたのだが、今から用意して出発するという。あわてて準備をすませ、宿をチェックアウトし、バイクタクシーに乗る。宿の前からプノンペン行きのトラックに乗れるのかと思っていたが、どうやらバイクタクシーでトラックの乗り場まで連れて行かれるらしい。

乗り合いトラック乗り場 乗り合いトラック乗り場

トラックの乗り場は、最初に泊まっていた宿の通り沿いにあり、大量のトラックが盛んに客引きをしていた。タイ国境からシェムリアップへ向かうトラックとは異なり、シェムリアップからプノンペンへ向かうトラックは地元民の利用が多いようだ。私が乗り込んだトラックは私以外は全員カンボジア人だった。おそらくシェムリアップからプノンペンへはボートやバスなどの選択肢があるため、旅行者の多くはそちらへ流れているのだろう。トラックの荷台は最もチープな移動手段であり、ボートが23ドルするのに対し、トラックの荷台はわずか4ドルという安さである。

バイクまで積み込まれた荷台はなかなか窮屈であったが、それでも何とか自分の場所を確保でき、意外に快適に過ごすことができた。シェムリアップからプノンペンへの道は相当な悪路で、どうすればこんな道ができるのか、というぐらいでこぼこな道がひたすら続いた。

幸い天気は快晴で、すでに真っ黒な肌も、さらに黒くなりそうだった。2日連続晴天だったので、ぬかるみのかわりに砂埃がすごく、ゴーグルでも欲しいくらいだった。

道路のぬかるみに立ち往生したトラック 道路のぬかるみに立ち往生したトラック

途中の町で、あまりのぬかるみのすごさに車が動かなくなり立ち往生したが、それ以外は意外にスムーズに進んだ。出発から約8時間後、夕方の4時ごろにトラックはプノンペンに到着し、セントラルマーケット付近のトラックターミナルらしき場所に到着した。激しいバイクタクシーの客引き合戦があったが、あまりの激しさに嫌気がさし、結局歩いて宿に向かうことにした。ここプノンペンでは有名な安宿であるキャピトル・ホテルに泊まろうと考えていた。次に向かうベトナムのビザやホーチミン行きのバスチケットを取り扱っているというので、何かと便利だと思ったからだ。

2日続きの晴天のせいか、車の巻き上げる砂埃がすさまじく、プノンペンの第一印象は「ほこりっぽい街」というものだった。あまりにすさまじく、向こうのほうが赤茶けた砂埃でかすんで見えないくらいだった。バイクに乗っている人も、口を手で押さえながら走っている。この砂埃の中、重い荷物を背負って、キャピトル・ホテル目指して一人とぼとぼと歩いた。

ほこりっぽいプノンペン すさまじい砂埃にカンボジア人もバイクに乗りながら口を押さえる

キャピトル・ホテルに着いても、ここでもまたバイクタクシーの激しい客引きにあう。カンボジアではバイクタクシーが余っているのだろうか?客引きの内容は、プノンペンの観光名所であるキリングフィールドや銃の射撃、刑務所博物館などの見学というものである。明日はバイクタクシーに乗ってどこかに行くつもりはないので、客引きの連中をうっちゃり、キャピトル・ホテルにチェックインする。

部屋に荷物を置いて、インターネットだけやりに外に出て、帰りに大きなサンドイッチを買ってそれを夕食とした。とにかく今日は移動で疲れたのでゆっくりしたかった。部屋に戻り、砂埃のこびりついた体をシャワーできれいにすると、ようやく人心地つくことができた。

***

朝6時頃、騒々しい車やバイクなどの音で目を覚ます。このホテルは大通りに面しているわけではないが、交通量は多いようだ。

セントラルマーケット外観 セントラルマーケット外観

今日は街なかをぶらぶらと歩いてみるつもりである。宿の外に出ると、相変わらずバイクタクシーの客引きが多い。客引きを振り切り、まずはセントラルマーケットへ向かう。途中、昨日会ったバイクタクシーの兄ちゃんに偶然出会った。意外にも自分の名前を憶えていてくれた。明日はキリングフィールドに行ってみようかと思っていたので、明日はこの兄ちゃんに連れて行ってもらうことにした。


セントラルマーケット内観 セントラルマーケット内観

セントラルマーケットはキャピトル・ホテルの北約1kmのところにあり、マーケットとは思えない立派な建物が建てられているので、すぐにそれと分かる。また、マーケット周辺は、バスターミナルやトラックターミナルが集中しており、交通の要衝でもある。

マーケットは4つのウィングからなっていて、その中心は高いドーム状の天井となっている。そしてその天井に設けられた装飾的なスリットから明かりが入るようになっている。なかなか美しい建築物である。4つのウィングは、それぞれある程度ジャンルが決まっていて、結構分かりやすい構成になっている。中央部は貴金属を取り扱う店が多く、マーケットというよりは、まるでデパートの一階のような感じだった。分かりやすいのはいいことだが、東南アジアのマーケットの独特なあやしさ、混沌さに少々欠けており、さっと見てさっと出てきてしまった。

マーケットを出てからは、街をうろうろしながら南下し、トゥールスレーン刑務所博物館を目指す。

それにしても暑い。
その上、相変わらずすごい砂埃だ。

一国の首都だというのに、街なかを歩いているだけで、服が茶色く汚れてしまう。ラオスのビエンチャンと同じでカンボジアのプノンペンも首都でありながら、高層ビルひとつない、ただの大きめの町といった風情だが、こういう町はただ道を歩いているだけでも結構面白い。あまり近代化されていない分、人々の生活が、表にあらわれやすいのだと思う。道端でサンドイッチやジュース、果物などを売る屋台や、木陰でたむろするバイクタクシーの兄ちゃん達、道路の塀にカガミを取り付けて椅子を置いただけの散髪やなど、見ていて飽きない。

道端で開業している散髪屋さん 道端で開業している散髪屋さん

当時のまま保存されているベッド 当時のまま保存されているベッド

トゥールスレーンは、もとは学校だったのをポル・ポトの時代に刑務所として使用していたらしい。外見からは、塀の上に鉄条網が取り付けられている以外、これが刑務所であったとはちょっと分からない。ベトナム軍がプノンペンを開放したとき、トゥールスレーンには殺害された14人の遺体がベッドに縛り付けられたまま放置されていたという。この博物館には、そのベッドなどが当時のままの状態で保存されている。そのベッドが置かれている部屋の壁には、当時の写真がかけられていて、あまりの生々しさに、ずっと見ていると吐き気をもよおすほどだった。

当時のまま保存されている独房 当時のまま保存されている独房

この拷問部屋の設けられた棟の隣の棟には独房が設けられていて、一階はレンガ、二階は木で造られた独房が、これもまた当時のままの状態で保存されている。ここもまた重苦しい空気がよどんでおり、一人で見てまわるにはきつい場所である。また、当時ここに収容されていた人々の顔写真も多数展示されており、その中には女性や子供の写真も多数含まれている。なぜ、これほどまでに人を殺さなければならなかったのか、そんな疑問が胸を突き上げる。

天気は快晴で、さんさんと陽の降りそそぐ中庭にはやしの木が植えられ、鉄棒やベンチなどもあって、平和な学校の中庭の風景といった感じだ。室内の重苦しさから逃れ、中庭に出てくるとホッとする。ベンチに座ってひと休みし、トゥールスレーンを後にした。

トゥールスレーンからさらに南に向かうとトゥールトゥンポン・マーケットというところがある。カンボジア人によると、このマーケットは古く、セントラルマーケットよりもこっちの方が安いということなので行ってみることにする。

到着したトゥールトゥンポン・マーケットはセントラルとは異なり、いかにも東南アジアのマーケットといった感じで、雰囲気十分であった。扱っている品物は文房具、日用雑貨、食料品、果物、バイク用品、骨董品など様々で、見ているだけでも面白かった。市場を満喫し、エアメール用の封筒だけ購入して市場を後にした。

それにしてもよく歩いたもので、すでにこの炎天下の中4kmぐらいは歩いているようだ。熱射病になってもいけないので、一旦宿に戻り、シャワーを浴びて夕食まで部屋でのんびり過ごした。

夕食を食べようと外に出てみるが、キャピトル・ホテル周辺には意外に食堂が少なく、適当な食堂がなかなか見つからない。今日の昼にキャピトルのレストランで食べた感じでは、キャピトルの料理はそれほど美味しくない。できれば他で食べたかった。惣菜屋は出ているが、どうやら持ち帰り専用だ。どうしようか迷ったが、その惣菜を買って、部屋で食べることにした。ついでに食後のシェイクも買ってみたが、カンボジアのシェイクはタイのものよりも濃厚でとても美味しかった。

***

翌朝6時、今日もまた車の音で目が覚める。まだ眠かったのでもう少し寝ることにした。今日は8時にバイクタクシーの兄ちゃんと約束しているので、それほど寝坊も出来ないが、次に目が覚めたときには7時45分になっていた。「やべっ」と思い、仕度をして部屋を出た。

頭蓋骨が収められているストゥーパ 頭蓋骨が収められているストゥーパ

外に出るとバイクタクシーの兄ちゃんが私の姿を見つけて合図をしている。バイクにまたがり、早速キリングフィールドへ向かう。昨日のトゥールスレーンだけでも十分おそろしかったが、キリングフィールドには本物の人骨が山と積まれているらしい。

相変わらずでこぼこのカンボジアの道をしばらく走ると、キリングフィールドに到着する。思った以上に整備されていて、それほどおそろしい雰囲気ではないというのが第一印象だった。しかし、それでもストゥーパの中に入って、山と積まれた頭蓋骨を実際に見たときには、さすがに背筋の凍る思いだった。

地面にぼこぼことあいている穴は、かつて遺体が埋められていた所で、その数の多さに驚いた。敷地内の立派な木にも注意書きがあり、かつては子供をしばるのに利用されたと書かれている。何も知らなければただの公園のような場所だが、そこでは想像も及ばないような残虐な殺戮が行われていたのである。ここもトゥールスレーンと同じく気の滅入る場所だったが、開放的な雰囲気であるのが、せめてもの救いであった。

キリングフィールドはそれほど広くなく、見るのに時間はかからない。キリングフィールドを後にし、バイクに乗ってプノンペンに戻ることにした。

カンボジアの次はベトナムである。ベトナムにもベトナム戦争の悲惨さを伝える負の遺産がいくつもある。しばらくはこの重苦しい気分を引きずることになりそうだ。

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