ホーム>旅行記>02.東南アジア前編(アジア旅行2001-2002)
ベトナムはかなり早いペースで移動している。
早く中国に帰りたいという気持ちと、あまりにもすべてがイージーでスムーズに進んでしまうベトナムでの旅がそうさせてしまうのかもしれない。
フエではビンジュオンという宿に泊まることにした。ホイアンのドミで同室だった日本人の人が「歩き方」を持っていて、それによるとこのビンジュオンが一番安いようだからだ。
行ってみて驚いたのは、ビンジュオンが日本人宿であったということである。「ナウシカ」のマンガ本をはじめ日本語の本がずらりと並んでおり、おまけにビデオまであった。
しかし、2.5ドルのドミトリーは満員であるという。そのかわり上に2ドルのがあると言われ、何だろうと思って宿の人についていってびっくりした。なんと床の上に寝ろということだった。そこは本当に床だけで、マットも何もなかった。「これで2ドル?1ドルにはならない?」と食い下がってみたが、2ドル以下には下がらなかった。
何にしてもドミトリーよりも安い寝場所が確保できたのでそれでOKした。
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フエは、香江を境に北は旧市街、南新市街に分かれている。ビンジュオンなど宿が集中しているのは南の新市街で、王宮などが残るのは北の旧市街だ。
地図を見て、フエは広い街だと思っていたが、意外にそれほどでもなく、歩いてまわろうと思えば十分歩きまわることが出来そうだ。
王宮は新市街方面から来ると堀と城壁に囲まれており、堅牢な城壁をくぐるともう一つ城壁があり、その中に阮朝の王宮がある。入場料は55000ドン(当時約460円)とバカ高いが、せっかく来たので入ることにした。
この王宮は中国の紫禁城を模して造られたというだけあって、とても中国的な様式の建築であった。戦争中に多くの建物が破壊されたらしく、王宮の中は廃墟が目立ったが、現在いくつかの建物が再建に向けて進行中であった。
王宮の入口周辺はきれいに再建されているが、奥のほうは草の生い茂る廃墟のままであり、その廃墟の中に立てられた東屋で佇み、ぼんやりと廃墟の様子を眺めていた。
在りし日の王宮の様子を想像してみようと試みたが、あまりにも手がかりが少なくてうまくいかなかった。しかし、何もないというのは、完全に再建されたものよりも、かえって想像が膨らむものであり、うまく想像するのは難しかったが、ありもしないことを色々考えていたように思う。
草の生い茂る廃墟
王宮の見学に午後一杯を当てようかと思っていたが、フエの王宮はあまり大きくなく、それほど時間はかからなかった。
遺跡というものはだいたいどこでも同じであったが、ずっと見ていると飽きてくるものである。それは多分、遺跡は人間の生活がすでに失われてしまったものであり、生活の伴わない建築物を他の観光客と一緒にぞろぞろと歩いて見てまわるのは、美術館や博物館を見学しているのと同じ感覚だからなのだろうと思う。
ボートハウス群
香江沿いにあるドンバ市場から北西に向かって川沿い(香江の支流?)に歩いていくと数え切れないほどたくさんのボートハウスが岸沿いに停泊していた。ここのボートハウスの造りは結構シンプルであり、それほど大きくないボートに竹を曲げてしつらえた屋根をかけただけのボートハウスである。
しかし、家の中には外から電気が引かれ、テレビのアンテナまで取り付けられている。
ボートハウスのそばでは、子供たちが川に入って水遊びをしている。ボートハウスの写真を撮っていると子供たちがはしゃぎ出したので、子供たちの写真もついでに撮った。ボートハウスのある川の東岸はどちらかというと庶民的なエリアであり、人もやさしく穏やかな雰囲気があるように思う。
食堂のおばちゃんも感じがよく、食事も美味しかったので、ベトナムに来て以来もっとも満足のいく食事をすることができた。
川で遊ぶ子供たち
宿に戻る途中に王宮の前を通った時、フラッグタワーと城門がライトアップされていた。フエには高い建物がないので、フラッグタワーと城門の背後には明かりは何もなく、空の暗闇の中に浮き立つようであった。
フラッグタワーには、カップルや仲間連れの姿が黒いシルエットではっきりと見え、それを遠くから見ていると、まるで影絵を見ているようで面白かった。
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宿に戻ると、2階の自分のスペースにはきちんとマットが敷かれていて、枕も置かれていた。地べたに寝かされると思っていたので、ちょっとほっとした。
マットが置かれたことでようやく自分の場所としての落ち着きが出来たが、やはり廊下は廊下で、通りかかる人が皆こちらを見ていく。なんだかまるで動物園のサルにでもなったような気分で、これではいいさらしものだなと思った。
僕と同様に床の上に寝ている日本人がもう一人いたので、日記を書きながら彼と話していると、彼は北京に留学している留学生らしくて、よくよく話していると、以前カンボジアのシェムリアップで知り合った北京外語大学の留学生の女の人と同じ大学に留学していて、しかも同じ寮に入っているということが分かった。特徴を説明すると、ああ、あの人かと分かったようで、世の中狭いものである。
宿の床の上は風通しがとてもよく、広々としていて、意外にもとても気持ちがよかった。収容所のようにきちきちにベッドを詰め込まれた10数人部屋のドミトリーよりはよっぽど気持ちよいかもしれない。
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フエの郊外には、寺院や歴代皇帝の廟が残っているというので、街の中心から一番近い見所であるティエンムー寺へ行ってみた。
街の中心からティエンムー寺までは約4km、自転車を借りて朝陽の中を走るのは気持ちのよいものである。自転車で走っていると右手に塔が見えてきたが、それがティエンムー寺だった。塔がメインの寺かと思っていると、どっこい寺の建物自体もかなり見ごたえのあるものだった。特に庭園はとてもセンスよくまとめられており、その美しさに思わず見とれてしまった。
寺の小坊主たちは、丸刈りの頭の前の部分だけ髪の毛を残していてかわいらしかった。
ティエンムー寺
寺を訪れた帰りに、昨日子供たちと仲良くなったあたりで堤防に座り、スケッチをすることにした。
スケッチをしていると、このあたりの子供たちがどんどん集まってきて、みんな僕の絵をのぞき込んでくる。ボートハウスの中からも子供たちが「ハロー、ハロー」とかわいい声で手を振って呼びかけてきて、こっちもひたすらそれに応えているので、一向にスケッチが進まない。
ボートハウス
子供たちに混じって昨日少し言葉を交わしたシクロ乗りの兄ちゃんがやってきた。彼も僕を取り囲む子供たちの輪に加わった。
スケッチの途中で彼と一緒に近くの屋台で昼飯を食べた。昼食後、彼は近くの店にビールを飲みに行こうと誘ってきたが、まだスケッチの途中だったので、スケッチが終わってから行こうということになった。
ボートハウスの内部
スケッチの途中、2度ほどボートハウスの中に招かれたので中を見させてもらうことにした。中は意外に広く、驚いたことに扇風機や電灯まであった。ボートハウスの中には、若い女性や子供だけでなく、赤ちゃんまでいたがさほど狭さは感じなかった。
スケッチを終えて、シクロ乗りの彼と一緒に近くの店にビールを飲みに行った。
彼はついてくるなというのに、何人かの子供たちが店までついてきた。ビールは、彼が言うにはベトナムビアだと言っていたが、ペットボトルに入っていて、1.5リットルくらいでかなり安かった。
たたきのような生肉を一緒につまみとして食べながら、結局結構飲んでしまった。黒く日焼けした上からでも分かるぐらい赤くなった僕の顔を見て、子供たちは大喜びだった。
子供たちも、飲めないビールをねだり、顔をしかめながらにがいビールをすすっていた。