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ホーム旅行記>03.中国後編(アジア旅行2001-2002)

03.中国後編

1.雲南省ふたたび <2001年8月1日〜8月2日:ラオカイ→河口→昆明>

ラオカイ→河口→昆明

いよいよ今日こそ中国だ。
朝7:30にサパを出発して国境の町ラオカイに向かう。ラオカイまでは一度見た風景である。
ラオカイで降りるのは僕一人で、残りの乗客は鉄道駅へと向かった。やはり中国へ向かう西洋人旅行者は少ないようだ。

サパ−ラオカイ間の風景 サパ−ラオカイ間の風景

評判の悪いラオカイ側のイミグレーションの職員の態度は、評判通り最悪だった。パスポートにたった一つのスタンプをもらうのに、ずいぶんと時間がかかったが、小金を要求されるということはなくなったようである。
橋を渡って「中国河口」と書かれた中国側のイミグレーションに向かう。中国側は問題なく無事通過することができた。町に出るとほとんど全てが漢字の世界に戻ってきたことを実感した。

***

河口のバスターミナルには、昆明行きの寝台バスが何台も並んでおり、客引きもすごかった。すぐに昆明に向かうのは面白くないので、金平方面に寄り道してから昆明に向かおうかと思っていたが、案の定、金平行きのバスは早朝一本のみで、今日はもうないとのことだった。しかたないので、素直に寝台バスで昆明に向かうことにした。

7時の出発前に夕食をすませてバスに乗り込む。さすがにベトナムとの国境の町だけあって、中国では珍しい西洋人の姿もちらほらと見える。一人ばかでかい西洋人のおじさんがいて、まさかと思ったが、こういう時の悪い予感はあたるもので、そのおじさんの隣が僕の寝台だった。
幸いにも、一番後ろの寝台で、5人寝られるスペースに4人だったので、そのおじさんが体半分はみ出す形で寝ることで、僕の方は無事自分のスペースを確保することができた。
しかし、最悪なことに、僕の席は雨漏りがして、布団も一部そのせいでぬれてしまい、おまけに何故か布団の中にすきま風が入ってきて散々だった。一旦ぬれてしまった布団は、そう簡単に乾くものではなく、一晩中その感触の悪さと格闘しながら寝ることに集中した。

***

朝方、バスは昆明に到着した。何となく見覚えはあるが、バスがどこに到着したのかよく分からなかったので、カバンの中から昆明の地図を引っ張り出し、現在位置を確認した。軽く朝飯を食べ、路線バスで広場に向かい、そこからは歩いて茶花賓館に向かった。久しぶりの茶花賓館にチェックインし、だれかいるかと思って談話室をのぞきに行ってみるが、何としたことか談話室がバーに変わっているではないか!今では旅人が集うスペースも見あたらず、こんなことなら駅に近い昆湖飯店の方にしておけば良かったと思った。わずかに2ヶ月半ほどのことではあったが、変わるものである。昆明では少しのんびりして、写真を現像したり、日本に荷物を送ったりしようと思っていたが、宿がすっかり変わっていたことで意気消沈し、昆明には1泊だけしてすぐに大理に移動しようと思った。

部屋でバックパックの奥から旅行人ノート「チベット」を引っ張り出して読んでいると無性にカイラスに行きたくなってきた。いろいろとルートの取り方を考えていると、いずれにしてもカイラスに行くとなるとのんびりしている時間はまったくなさそうである。ビザの期間が10月23日までということと中国−パキスタンの国境が冬になるとバスが通らなくなってしまうということでリミットが決まってしまうのである。

昆明から大理まではバスと列車のどちらでも行くことができる。夜行だったが、多分列車の硬座が一番安いだろうと思い、今日の夜行で大理に向かうことにした。
夜まで時間があったので、昆明の街を少しぶらついた。学生街の近くの路上市場でマンゴーを2つ購入し、近くの大きな公園でそのマンゴーを食べた。甘くておいしいマンゴーだった。

その公園では、凧揚げをするおじさんがたくさんいて、皆ばかでかい糸のロールを手に持ち凧を揚げていた。空を見上げるとそのロールのばかでかさにも納得できた。上空のはるかかなたにぽつんと凧の姿が見える。
さっきからいくらやってもなかなかうまく凧を揚げることができないおじさんが、公園の椅子に座っている僕に目をつけて近づいてきた。合図をするからそれまで凧を持っていてくれというのだ。
僕が手伝った凧は風に乗ってどんどん空高く揚がっていく。凧はあっという間に空の点になった。自分が手伝った凧がそれほど高く揚がったことがとてもうれしかった。

大理へ向かう夜行列車は中国人観光客であふれていた。やけに多いと思ったら、今日は金曜日だ。週末を利用して大理まで行く人も多いのだろう。
夜行の硬座はやはり眠りづらく、結局大理に着くまでほとんど寝られなかった。

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