ホーム>旅行記>03.中国後編(アジア旅行2001-2002)
夜行列車は大理駅に到着し、そこから路線バスに乗って大理古城を目指す。路線バスとはいっても30〜40分はかかるようだ。右手に湖、左手に山を見ながらバスは大理古城に向かって北上していく。
朝早い到着だったので、大理古城もまだ人の姿は少なく、開いている店も少なかった。今はまだ静かなこの街も、もう少し時間が経てば観光客であふれかえる騒々しい街になるのだろう。そんな感じのする街の雰囲気だった。
週末のためか、サマーシーズンのためか、宿も空きベッドが見つかるまでに3軒ほどまわるはめになってしまった。
見つかった宿は四季客桟というなかなか雰囲気のよい中庭のあるゲストハウスだった。
部屋に荷物を置き、顔を洗いに洗面所に行くと日本人の男の人がシャワーを浴びにやってきた。朝飯でも一緒に食べましょうということになり、朝飯に出かけた。
彼は無精ひげを生やしているので、てっきり旅が長いのかと思っていると、ついこの前日本を出てきたところらしい。養護学校の先生をやっていて、その夏休みを利用して旅行しているということだ。彼は最初、洗面所で僕を見たときにてっきり僕のことを従業員だと思ったらしい。何故僕は現地人に間違えられることが多いのだろうか?
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一塔寺
大理の街は、予想通りの賑わいぶりだった。特に復興路という街を南北に走る道にはお土産屋が建ち並び、一番人であふれかえっていた。また、洋人街と呼ばれている護国路には、旅行者向けのカフェやレストランなどが並んでいた。
大理には、三塔寺という三つの塔のある立派なお寺があるが、有料なのでお金のいらない一塔寺に行ってみた。一塔寺に向かうゆるい坂道は石畳のなかなか雰囲気のよい道だったが、どうしたことか門を一歩入った途端に普通の土の道になってしまい、雰囲気もなにもあったものではなかった。
しかし、この荒れた雰囲気のためか、訪れるものもほとんどなく、僕が行った時は僕一人でとてものんびりできた。
塔の基壇は、何故かとても上りにくいような階段の取り付けかたをしてあり、まわりまわってようやく塔の足元まで行けるようになっている。何となく階段のつけかたが左回りにまわるように仕組まれているかのような、そんな気がした。
寺自体は荒れてはいたが、塔の足元には線香が焚かれており、詣でる人もいるようだった。
大理は、観光客が多いが、路地裏などは結構雰囲気があっておもしろい。路地裏に入ると石積みの壁が目立つようになる。これは、もともとむき出しの石積みだったわけではなく、漆喰の壁がはがれて、その下の石積みが出てきたということのようである。整ったメインストリートの表面とむき出しのままの路地裏のギャップがおもしろいと思った。
また、街を東西に走る人民路などは、大理にあって、まだ庶民的な雰囲気の残る通りであり、僕はこの通りが大理の中では一番好きである。
人民路の様子
城門から見た町並み
大理には城壁が残されており、城門に上ることができるので行ってみた。
城門からの復興路の眺めはなかなかよいが、それ以上に城壁から見る山の姿がとてもすばらしかった。言葉で説明するのはなかなか難しいが、ちょうど目の前の山を中心に、そこから左右に尾根が翼を広げたように広がっているのだ。このことに初めて気がついた時はなかなかの感動だった。
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大理は観光地であり、海外からの旅行者向けのカフェなどもある。同じ宿に泊まっている旅人O君に一押しのチベタンカフェに連れて行ってもらった。このチベタンカフェのコーヒーは、その人のおすすめのコーヒーで、彼にとっては、このコーヒーがこれまでの人生の中で最高のコーヒーであったという。
出てきたチベタンコーヒーの味は、以前僕がフィリピンの山岳民族の村に滞在中に飲んだコーヒーと同じ味だった。同じ味といえば語弊があるかもしれないが、少なくとも同じ感触のする懐かしい舌触りだった。多分このチベタンコーヒーも同じようにひいた豆を煮込んで淹れているのだろう。
また、大理には菊屋という日本食レストランがあるというので行ってみた。
チベタンカフェに連れて行ってくれた彼の友達のK君が菊屋に来ていて、彼は明日、麗江に行くというので、僕も彼と一緒の便で行くことにした。
驚いたことに彼は高校生であるという。近頃、日本では高校生パッカーがはやっているらしい。彼がそのはやりに乗ってやってきたのかどうかは分からないが、初めての一人旅に中国を選ぶところがなかなかすごいことだと思った。
しかし、この話にもオチがあって、実は彼は、ベトナムに行きたかったらしく、まず最初に香港入りし、そこで中国とベトナムのビザを取ろうとしたところ、ベトナムビザの記入フォームの英語が読めなくて、それでベトナム行きをあきらめたのだそうだ。このあたりがやはり高校生らしくてかわいいところだ。
しかし見た目は背も高く、一見落ち着いているように見えるので、黙っていれば高校生とはだれも思わないだろうが、時々発する「これ、まじうまいっすねー!」といった奇声が彼の若さを思い出させてくれる。
彼もどうやら大阪出身らしい。