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2001年の約1年2ヶ月にわたるアジアの旅をきっかけに旅行記を書き始めました。遅筆なもので、思うように旅行記の更新が出来ておりませんが、今後も旅行記を書き続けて行きたいと思っています。
それでは、この旅行記から少しでも旅の空気を味わっていただければと思います。
会社を辞めて、アルバイトで金を貯め、そして旅に出ました。2001年3月30日から438日をかけて、アジア9ヶ国、のべ158の町や村をめぐる旅となりました。田舎を駆けめぐった中国の旅、お気楽な東南アジアの旅、トレッキング三昧のネパールの旅、インド人と暑さに辟易したインドの旅など、僕の見てきたアジアがここに詰まってます。
中国福建省の高頭にある「承啓楼」という名の客家円楼を上から見る
2001年3月30日 〜 2002年6月10日 :438日間
・中国:135日
・インド:129日
・ネパール:48日
・タイ:39日
・ラオス:26日
・ミャンマー:21日
・ベトナム:19日
・マレーシア:13日
・カンボジア:7日
・(バングラディッシュ:1日)※タイからインドへのフライトの途中で乗り継ぎのため滞在。
大阪から中国の上海へ蘇州号にて渡ることから旅は始まりました。
中国を海岸に沿って南下し、東南アジアのラオスに入国。ラオスからタイ、カンボジア、ベトナムと反時計回りにぐるっと東南アジアを一周し再び中国へ入国。今度は中国の内陸部の雲南省、四川省、陜西省、河南省等をまわり、ゴルムドからいざチベットへ入域。チベットからはカイラス山を経てパキスタンに抜けるルートを予定していたが、9.11のテロ事件により、中国西域への入域が難しい状況となり、急遽ルートを南にとり、ネパールへと入国した。ネパールではエベレスト方面とアンナプルナ方面へのトレッキングをした後にインドへ入国。インドの西海岸からぐるっとインドを半周したところでチェンナイから飛行機にてマレーシアへ渡る。マレーシアからタイへ北上し、タイから飛行機にてミャンマーへ。ミャンマーからインドへ戻る予定だったが、中耳炎のためタイに戻り病院へ。タイから飛行機でインドへ戻り、今度はインドの東海岸と内陸部及び北部のヒマチャール・プラデシュ州をまわり、デリーから飛行機にて日本に帰国。

会社の休みを利用し、チャン族、ギャロンチベット族の村を求めて中国四川省のアバチベット族羌族自治州を訪れました。訪れたチャン族やギャロンチベット族の集落では、日本での日常生活とのあまりのギャップの激しさに、まるでタイムスリップしたかのような錯覚を憶えました。
マルカムの近郊にある直波というギャロンチベット族の集落の様子
2003年12月27日 → 2004年1月4日 :9日間
成田 → 広州 → 成都 → 桃坪村 → 馬爾康(マルカム) → 成都 → 広州 → 成田

転職の期間を利用して、今回は念願のパキスタンのフンザとインドのラダックに行ってきました。
フンザは2001年の長旅の時に、チベットからパキスタンに抜けようと思っていた矢先に、9.11のテロ事件が起き、行くのを断念したルートの途上にある地域です。
また、ラダックは「チベットよりもチベットらしい」と言われることもあり、ここもまたかねてからの念願の土地でした。
フンザの中心地カリマバードの朝
2005年4月8日 〜 2005年5月10日 :33日間
成田 → 台北 → デリー → アムリトサル → アタリ → ワガ → ラホール → ラワルピンディ → ギルギット → カリマバード → ギルギット → ラワルピンディ → ラホール → ワガ → アタリ → アムリトサル → デリー → レー → ラマユル → アルチ → レー → デリー → 台北 → 成田

新婚旅行でハワイに行ってきました。あまりにもお決まりの選択ですが、実はハワイには前から行ってみたいと思っていました。大学の恩師がハワイはなかなか興味深いところであると言っていた言葉がずっと頭に残っていたからです。一体どのように興味深いのか・・・ほんの10日間ですが、自分の目で確かめてきました。
プウホヌア・オ・ホナウナウ国立歴史公園に復元されたハレ・オ・ケアエ・ヘイアウ
2006年4月1日〜2006年4月10日 :10日間
成田 → ホノルル(オアフ島:経由) → ヒロ(ハワイ島) → ボルケーノ(ハワイ島) → カイルア・コナ(ハワイ島) → ホノルル(オアフ島) → 成田

学生時代からあこがれていた建築家アルヴァ・アアルトの国フィンランド。いつかは行ってみたいと思い続けていましたが、北欧といえば物価が高いという先入観から具体的に旅の予定を立てたことはありませんでした。
ところが、映画「かもめ食堂」にすっかり影響を受けた妻が、今はフィンランド以上に行きたい国はないと言いだし、個人旅行で切りつめられるところを切りつめるとどうなるのか試算をしたところ、何とかなりそうだという結論に達し実現したフィンランド旅行でした。
アルヴァ・アアルトが設計したセイナッツァロの役場
2007年4月7日〜2007年4月21日 :15日間
成田 → ヘルシンキ(ウィーン経由) → ユヴァスキュラ → トゥルク → ヘルシンキ(ウィーン経由) → 成田
準備中